泥遊びへの憧れと現実

 

こんばんは。

かざねっこです。

本日の題名は『泥遊びへの憧れと現実』です。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

 

真ん中の子の保育参観の案内。

どうやら、外で泥遊びをするらしい。

親の参加推奨。

汚れてもいい服で、とのこと。

末っ子を連れて、私が行くのか。

はたまた、主人を動員するのか。

なかなか無い機会だし

主人と思いっきり泥遊びさせてもいいかもしれない

なんて思っていたら、

主人はその日、外せない打合せがあるとのこと。

したがって、私が行くことに。

ただ、懸念材料が一つ。

末っ子の人見知り。

前回の参観では、激しく泣いて暴れたという実績がある。

じゃあ、義母に末っ子を預ける・・・?

と悩んで、当日。

せっかくの機会だから、

末っ子も連れて行こうと決断。

真ん中の子には多分、遅れていくことになるということと

末っ子も一緒に遊ばせるけれど

あまり濡らさないでね、とお願いした。

少しならいい?と聞かれ、考える。

少しって、どれくらい?

普段なら『少し』は大丈夫なのだ。

でも、テンションが上がっているであろう

特殊な状況下でのわが子の『少し』は

少しとは程遠くなる。

怖いので、念のため、

末っ子の着替えを持っていくことにする。

 

保育参観当日。

晴天+日差しが眩しい!

それこそ、泥遊び日和。

朝、急いで末っ子に朝ご飯を食べさせ、

行く支度をする。

案の定の遅刻。

参観が始まる時刻に家を出て、目的地に向かって走る。

運動場へ入ると、裸足で走り回る子供たちの姿が目に入る。

さて、わが子はどこなのか。

探そうと歩き始めたら、末っ子が足にしがみついてきた。

早速、人見知り発症。

今にも泣きそうな顔をしている。

抱き上げて、急いでわが子を探す。

子供たちが入り乱れているから

見つけるのが大変かなと思いきや

運動場のど真ん中で砂の山を作っている。

乾いた砂の山。

せめて、日陰でやって欲しい・・・

泥で遊ばないの?と言いながら、わが子に近づくと

腕の中でうつむいていたはずの末っ子の顔が

見るからにぱっと明るくなった。

兄弟がいるというのは、かくも心強いものらしい。

私の腕の中から降りて

てこてこと自らの足で大好きな兄弟のもとへと歩き始めた。

真ん中の子の遊ぶ様子を近くでじっと見ている末っ子。

真ん中の子はカップに砂をたっぷり入れて

くるりと地面にカップをひっくり返す。

小さな砂山を作りたいのだ。

けれど、砂が乾いているから、

作ったそばから、さらさらと崩れていく。

せっかくなら、水を混ぜればいいじゃない?

そうアドバイスすると、わかったと言って水を取りに行った。

そして、またチャレンジ。

今度は上手に砂山ができる。

恐る恐る、小さな砂山をつつく末っ子。

真ん中の子はさらに水を持ってきて、砂と混ぜる。

そして、そこへ足を突っ込んで足を泥で埋めていく。

泥パック!!

果たして効果があるかはわからないけれど。

まあ、全く日差しを遮るものがない中で

気持ちいいのは間違いない。

 

ちょっとテンションが上がってきた真ん中の子。

水が出ているホースのもとへと走っていく。

しばらく待っても帰ってこないので

末っ子を連れて上の子のもとへと向かう。

お風呂、お風呂と言いながら

水のたっぷり入った盥にどっぷり漬かる真ん中の子。

盥の中も周りも泥水。

盥のお風呂は大盛況で

入れ替わりで子供たちがやってくる。

「泥遊び、いいですよね」

近くにいたママ友に声を掛けられる。

「そうですね」と返す。

それから、「家ではなかなかできないですよね」

と、一言付け加える。

その一言から、話の花が咲く。

家でも、泥遊びをさせたいな、と思うことがある。

でも、なかなかやる勇気がない。

どうしたって、後のことを考えてしまうからだ。

子供は遊び終わったら、着替えて終わり!!

だけれど、親はそうはいかない。

後片付けがあるのだ。

そんなことを話しながら、そのママ友はせめてもと

子供の髪の毛に付いた泥を払っている。

泥だらけになった可愛らしい髪留めについては

「もう、あきらめてます」と悟りの境地。

かくいう私も、その子を見ながら

帰ってきたらまずシャワーを浴びさせて、

髪留めは軽く泥を払ってそれから・・・

なんて子供が家に帰ってきた後の段取りを

無意識のうちに考えていることに気づく。

私もすっかり親になったな、と苦笑。

 

そして、わが子はというと

どうやら控えめに遊んでくださっている様。

意外にも服に泥がついていない。

多分、ホースの水で泥が流されているのだ。

つい、「せっかくなら、もう少し泥遊びを堪能したら?」

なんて、発破をかけてしまう。

なかなかこうやって泥にまみれる機会はないし

というか、こういう機会ならば、まだ

仕方ないかと諦められそうだから。

ただ、一方では

この調子なら、服を下洗いしなくても良さそうだ

などと、安堵している自分もいる。

思いきり遊んで欲しいという気持ちと

大人しくしていてくれるとありがたいなという気持ち。

子供たちを眺めながら

相反する気持ちがせめぎ合う。

なんとも、複雑な心境。

 

ふと昔のことを思い出す。

それはまだ、上の子が小さかった頃のこと。

上の子は水たまりが大好きで

雨上がりに散歩へ行くと、必ず水たまりに入ろうとする。

そして、私はというと、

子供の靴が濡れては困るから、いつも止めに入っていた。

でも、時折、こうも思っていた。

思いっきり水たまりで遊ばせてあげたいな。

 

ある日、ふと閃いた。

そうだ、長靴を買おう!

そうすれば、水たまりで思い切り遊べる。

 

早速買って、雨上がりに履かせてみた。

「この靴なら水たまりに入っていいよ」と言ったら

とても嬉しそうな顔をした。

そして、いざ、水たまりの前へ。

いつも注意されていたからか

私の反応をうかがいつつ

少しためらいがちに長靴の先を水面に漬ける。

それから・・・

ものの五秒だった。

ばんばん水しぶきを上げて

跳ねる!跳ねる!

そんな深い水たまりでもないはずなのに

ズボンが、服が、たちまち水を吸い込んだ

深い色へと変わっていく。

長靴は足をガードするために買ったはずなのに

もはや機能停止寸前。

長靴の中にまで水が浸入しそうな勢いで

その様子に慌てふためいた私は

反射的に子供を水たまりから抱き上げ

すぐさま家へと引き返した。

そして、濡れた服を着替えさせながら、しみじみとこう思った。

子供に思い切り遊ばせると決めたならば

子供の為すこと全てを受け入れる覚悟が必要である、と。

 

周りの子供を見渡してみる。

ズボンのおしりにべったり泥がついていたり

靴が中まで泥まみれになっていたり

白い帽子が真っ茶色に染まっていたり。

ちょうど、目の前では

並々と泥水の入ったバケツを頭上に掲げている子がいて

親が軽く悲鳴を上げながら阻止しようとするものの

間に合わず・・・

あぁ、

もはや、無の境地。

 

終了の笛が鳴り響き、子供たちがホースの前に列をなす。

ひとりずつ、泥を流してもらえるようだ。

心なしか、お母さん方の顔が

安堵の表情を浮かべているように見えるのは

私の気のせいだろうか。

自分のズボンのすそを見てみると

ほんの申し訳程度に泥が跳ねている。

実際にはそんな程度しか参加していないのに

なかなか凄まじい光景を目にしていたからか。

泥遊びをたっぷり堪能したような

そんな気分になっていて

裾の汚れがちょっとした

勲章のように思えてしまったり。

 

帰り道。

私も全身に軽い疲れを感じながら

ベビーカーを押して歩く。

末っ子も疲れたのだろう。

ベビーカーの中でうとうと。

今日はなかなかいい経験をさせてもらったと思う。

思うけれど・・・

家ではやっぱり出来ないな、と

改めて思ったのだった。

 

本日もお付き合いいただき

ありがとうございました!!