このご縁が続きますように

おはようございます。

かざねっこです。

朝から騒がしくて敵いません。

あまりにも煩いから

少しの間、静かにしてほしい旨を伝えたら

「わかった」とのこと。

やれやれと、blogに目を通そうとしたら

早速

「ねえ。ママ?」

「なに?」

顔を上げると

「ママはハンバーグとクリームシチュー

 どちらが好き?」

ごめん。

それ、今、聞く話かな?

一秒とも静寂が保てぬ我が家であります。

 

本日の題名は

『このご縁が続きますように』です。

今回は話の流れ上

少し私の過去の

暗い心の内が入りますが

さらりと読んで頂ければ幸いです。

ではでは

始めさせて頂きます。

 

上の子を

水泳教室へ連れていく。

夏休み用の短期集中コースだ。

継続的なものも提案してみたけれど

毎週は通いたくないと言われた。

まあ、子供に

やりたくないことを

やらせるというのは

とてつもない忍耐と労力を

要するので

子供の要望通り

短期にすることにした。

少しでも、泳げるようになって

水泳、ひいては

運動への意識が

ちらりとでも

変わってくれることを

母は静かに祈る。

 

下の子二人を義母に預け

上の子とふたりで

水泳教室へ行く。

今年も、会えるかしらと

受付の出席カード入れを覗いたら

心当たりある名前があった。

集合場所のホールへ入り

中を見渡す。

いたいた!

「お久しぶりです」

声をかけると

あちらも、にこり。

その方こそ

私の、大切な友人。

 

昨年のちょうど同じ頃

まさに同じ場所で

その方と会った。

それは、示し合わせたと

いうわけではなく

偶然だ。

近所の水泳教室だから

誰か知り合いはいないかと

去年も同じように

受付のカード入れを覗いたら

同じように名前を見つけた。

ただ、去年はまだ

はっきりとした確信はなかった。

だから、久しぶりに連絡してみた。

そしたら、「そうよ」と返ってきた。

返ってきたときに、気づいた。

どうして、私はその名前を

覚えていたのだろう。

多分、一度くらいしか

聞いたことがないのに。

 

次の日くらいに

その人と水泳教室で会った。

コロナが流行して以来

ずっと疎遠になっていた。

会って早々

気になっていたことを聞いた。

「ごめん。名前を覚えていて

 気持ち悪いよね」

そう言うと、その人は笑いながら

「一度聞いたことを覚えているなんて

 頭がいい人は違う、と感心したわ」

と、ウィットに富んだ返しをしてくれた。

相変わらず、素敵な方だ。

ちょうど我が子も

すぐ傍にいたから

「ママの友達だよ」と紹介したら

なぜか固まった。

「どうした?」と尋ねたら

「ママ、小学生の友達がいるの?」

と聞かれた。

あれ?と思う。

いや、確かに

友人の隣には

小学生の子がいる。

友人が教室に

連れてきた子だ。

でも、私の友人は

その保護者の方で・・・。

「いや、こちらの方よ」

我が子がもはや

理解不能な顔になっている。

あれ?おかしいな?

と首を傾げつつ

もしかして、この子にとって

『友達』という言葉は

同年齢の仲の良い子に対して

使うものなのかもしれない

と思った。

だから、

「大きくなると、年齢なんて関係なくなるのよ」

と答えたら「へぇー」と驚いた顔をした。

そう。

私の大切な友人は

私の母よりも年上。

私よりも歳が上の娘さんがいて

一緒に連れてきたお子さんは

その娘さんのお子さん。

つまり、お孫さん。

私は娘さんとは全く面識はなく

娘さんは結婚されているので

友人とは苗字が異なるのだけれど

なぜかその苗字+お孫さんのお名前を

覚えていたのだ。

なんだか、私って

気味が悪い。

でも、ファインプレイ。

覚えていたからこそ

会えたのだ。

 

その友人とは

とある職場で知り合った。

私はもともと

両親等との関係が

なかなかうまくいかず

その頃はさらに悪化していて

自分の人生についても

半ば投げやりになっていた。

そんな私のことを

なにかと気にかけて下さったのが

この友人だった。

この友人も生い立ちが少し複雑で

私はこの友人のことをよく

「おかあさん」と冗談で呼んでいたけれど

この友人は私を娘というより

あくまで対等に

それこそ同志のように扱ってくれた。

だから、『おかあさん』

というよりは

『友人』という括りの方が

しっくりくる。

(一応、そう呼ぶことの了承は得ている)

この友人の傍は

息がしやすかった。

私の垂れ流す

暗澹たる愚痴は

この友人の手にかかると

たちまち

笑い話へと変わり

私達は時に

腹を抱えて笑いあった。

完全に過去を振り切って

前を向いてゆく

というのは

まだ難しかったけれど

少しでも希望を抱いて

生きてもいいのではないか

そう思える

きっかけをくれた人だった。

だから、「恩人」でもあるのだけれど

そう呼ぶと多分、嫌がると思う。

 

その後、私は転職し

その友人とはしばらく疎遠になった。

また、連絡を取り合うようになったのは

結婚してからだ。

結婚を機に実家を出て

移り住んだところが

友人の住んでいる市だった。

そのことは、事前に

分かっていたのだけれど

同じ市内といっても広い。

だから、会うことはないと思っていた。

 

その日も、私は

泣きそうになりながら

街の中をぶらぶらと歩いていた。

結婚してすぐ

仕事をやめ

自分のことを誰も知らない

新たな土地に

いざ来てみたものの

上手く馴染めず

鬱々とした日々を送っていた。

たまたま、ちらりと目に入った

その背中にふと

懐かしさを覚えて

思わず、声を掛けた。

振り向いたその顔に

まさか、会えるなんて、と

泣いてしまいそうになった。

 

再会してから

また、会うようになった。

そのあと、すぐに子供を身篭ったから

私の愚痴の内容には

子育ても加わった。

けれど、不思議なのだ。

この方と話していると

それは笑い話へと変わり

気付けば心が晴れやかになっている。

それは、今も変わらない。

不思議なご縁。

連絡を取らずとも

私が辛いと思うその時に

ふらりと現れてくれる。

 

今は私は子育て。

友人は孫育て。

互いに愚痴を言い合いながら

それでも、初めて出会った

あの頃に比べて

ずいぶんとお互い

穏やかに

笑い合えるようになったと思う。

筆不精ながら

これからもずっと

この縁が

続きますように。

 

願ってやまない。

 

最後までお付き合いいただき

ありがとうございました。