毎日、書いている
おはようございます。
かざねっこです。
本日の題名は『毎日、書いている』です。
ごゆるりとお付き合いいただけると、嬉しいです。
気付けば
blogを始めてから半年。
ここ、最近
気付けば毎日
blogの記事を書いている。
時々、更新できな日もあるけれど
それは、記事が前日に
書き終わらなかったからで
基本的には
末っ子のお昼寝した瞬間に
キーボードをそろり取り出して
カタカタと文字を打ち込んでいる。
書くことは
子供のころから好きだった。
多分、本を読むのが好きだったから
その延長なのだと思う。
自分もそんなふうに
素敵な物語を書きたくて
だから、なにか思いついては
ノートに書き込んでいた。
でも、それはいつも
断片的な話ばかりで
それを一つの物語にすることは
できなかった。
子供のころの私はそれを
経験不足のせいだと思っていて
だから、大人になればいつか
書けるようになるのだと思っていた。
でも、それは違ったらしい。
大きくなるにつれて私は
ますます書けなくなっていた。
面白いと思って書いてみたのに
いざ書き始めたら
つまらなくなってしまったり
こだわり過ぎて
書き進められなくなってしまったり。
物語に成れなかった断片たちは
定期的に物を整理する度に
ごみ箱へと捨てられていった。
高校卒業後の進路を
決める時期だっただろうか。
たまたま廊下ですれ違った
小学校時代からの
腐れ縁だった友人に
「かざねっこは何学部にするの?」
と聞かれた。
「〇〇学部」と答えたら
意外な顔をされた。
彼女のその反応に
まあ、そうなるよね
と思った。
あの時の私に
それを決める自由はなかった。
ただ、そのあとに
彼女の続けた言葉が忘れられない。
「貴方は、小説家になると思っていた」
長い間、つかず離れず
付き合ってきた仲だったけれど
自分が文章を書いていることを
彼女に言ったことは一度もなかった。
ただ、彼女と学校で
すれ違うときに時々
「私が借りようとする本のカードには
いつも貴方の名前が先に書いてある」
と厭味交じりに言われていたことは
あったけれど。
もし、あの時
一遍でも物語が完成していたら
彼女への答えは
もしかしたら、
自分の未来も
少しは違っていたかもしれない。
でも、一度も書けたことはなかったから。
「冗談でしょ」
そう答えるしかなかった。
大学時代も
社会人になってからも
時々、ふっと思いついては
書いていたのだと思う。
ただ、それはもう
一種の衝動みたいなもので
そこに、物語を完成させる意図など
まるで無くなっていた。
そして、断片を記したノートたちが
ただただ、机の中に増殖していった。
結婚が決まり
実家を出て行くことになったとき
母から、自分の物は全部
持って行くようにと言われた。
その中には
書きかけばかりが集まった
ノート達もあった。
大方は処分したけれど
少しだけ持って行くことにした。
自分の、断片のような気がしたから。
ただ、持って行ったはいいものの
保管場所が見つからなかった。
それに、その頃にはもう
自分に見切りをつけていた。
だから、全部捨てることにした。
そしたら、主人に見つかって
「これはなに?」
と聞かれた。
答えなかったら、
中身を確認するだろうと思ったから
正直に答えた。
すると、主人は
「それはあなたにとって大切なものだから
取っておいた方がいい」
と言われた。
それから、何度か捨てようとした。
けれど、そのたびに戻ってきた。
こそっと捨てておいても
いつも、それだけ必ず
取り出されているのだ。
ただ、なぜだろう。
そうされることが、私には
嬉しかったのだった。
子供が生まれて
絵本を読み聞かせるようになって、また
物語を書きたいと思った。
我が子に読んでもらえるような
そんなお話。
それで、ちょこちょこと
書いてみたのだけれど
いかんせん、子供は
字ばかりの話には
興味がないようで
なので、絵本にしようと思った。
ただ、まあ、これが私には
さらに難しかった。
少し文を書く度に
絵を添えよないといけない。
文章はできているのに
絵が描けない。
その結果、
『絵本』としては成り立たぬまま
今もパソコンのどこかのフォルダに
眠っていらしゃる。
ただ、このとき
短い物語ならば、もしかしたら
書けるのではないか
と思ったのだった。
そして、転機が訪れる。
絵本は完成しなかったものの
絵本について無意識に
アンテナを張っていたようで
ある日、
絵本コンクールの
応募要項を見つけた。
文章だけでも可
対象年齢は大人でも可
枚数制限なし
と書かれていて
まさしく、自分に
合っているものではないか
と思ったのだ。
それで、書いてみた。
子供のためのもの
とも
大人のためのもの
とも言えぬ不思議なストーリー。
でも、初めて書き上げた
自分の物語だった。
絵本にしては、かなり長い文章に
なってしまったけれど
要項には反していなかったから
送ってみた。
結果は落選。
がっかりはしたけれど
でも、自分は
どういうものなら書けるのか
なんとなく掴めた気がして
それをもとに、ちょこちょこと
書きはじめた。
ある日、電話が鳴った。
知らない番号からだった。
普段なら、絶対出ないのに
なぜだか、その時は出てしまった。
それは、絵本コンクールを主催した
出版会社からだった。
私の書いた物語の
内容は面白かった。
ただ、絵本としては長すぎるから
挿絵を付けた中編小説にできないか。
ただ、それだと少し短いから
もう一遍くらい話を書いてほしい
とのことだった。
急にそのような話を電話口でされて
まさに、ふわふわと雲の上に
立っているような心地で
それから、1時間くらい
本を書くことについて
いろいろな話をして
ちょうど、その頃、
新たに書いていた物語が
書き終わりそうだったから
それが書き終わったら
連絡するということになった。
電話を終えて
まだ夢心地のままで
ひとつ、大きな深呼吸をして
私がすぐにやったのは
その出版会社の情報集め。
本当に嬉しかったんです。
でも、ごめんなさい。
うますぎる話と話のうまい人は
苦手なんです、私。
そして、検索した結果は・・・。
まあ、誤魔化しておきます(笑)
ただ、その中で
私の出した結論は
本当に、自分に力量があるのなら
もう一度、連絡がくるはず。
こなかったら、それまでということ。
ただし、今、書いている物語は完成させる。
結果、連絡は来なかった。
でも、私はそれでも良かったのだ。
もう、書けるようになったから。
それに、なにより
ようやく書けた初めての作品で
悲しい思いはしたくなかったから。
それから、ずっと書きつづけた。
書けることが、嬉しかった。
ただ、また、
書けなくなった。
それは、また、違う理由で。
私は本を読むとき、いつも
気分の上がる物語を好んだ。
逆に、気分の沈むものは
意識的に避けていた。
読むとしばらくの間
気分が沈むどころか
潜り込んで浮上できなくなる。
多分、ストーリーの中に
入り込みやすいのだと思う。
それで、なかなか
そのような類の話には
手を出さないでいるのだけれど
私の書ける物語は
その、ほとんどが
皮肉めいたものや
悲しい類のものだったのだ。
なかなか自分では
読むことのできないものを
自分が書いているわけで
しかも、書いていない間も
頭の中ではずっと話の内容を
考えつづけているわけで
本当に自分は色々なところで
捻れていると思うのだけれど
段々、心が擦り減ってきて
ついには書けなくなった。
それからは、ずっと
文章を書くというのは
止めていた・・・
のだけれど。
今、毎日のように
記事を書きつづけている。
それは、ずっと夢見てきた
物語ではなくて
日々の生活の中で起きた出来事や
感じたこと・考えたこと。
でも、その分、肩の力が抜けて
書くのが楽しくてしょうがない。
多分、自分は
何度も繰り返すけれど
書くことが好きなのだと思う。
逆に、書きたいと思えるものが
見つからないと
キーボードの前で
しょぼんとしている。
いつかまた、
挑戦するかもしれないけれど。
今はこうやって
心のうちを素直に綴っていきたい。
最後までお付き合いいただき
ありがとうございました。