あの頃に読んだから、心に刺さったのだと思う
おはようございます。
かざねっこです。
本日の題名は
「あの頃に読んだから、
心に刺さったのだと思う」です。
ごゆるりとお付き合いいただけると
嬉しいです。
「好きな小説」
今週のお題を見て
久しく本というものを
読んでいないことに気づいた。
だから、このお題は
今の自分向きではないな
と思いつつ、ならば
過去に読んできた
小説の中で
自分の好きな小説は
なんだったかを
考えてみた。
ただ、自分にとって
「好き」という言葉は
しっくりこなくて
なので、記憶が
あいまいながら
「心に残っているもの」について
書いてみようと思う。
まずは
中学時代に出会って
「あぁ、自分は
こんなふうに大きくなりたかった」
そう、自分の今まで生きてきた
その根底みたいなのを
大きく揺さぶられたのが
灰谷健二郎さんの書かれた
「天の瞳」
私の前には
いつも用意された道があり
それ以外は認められなかった。
だから、周りの大人の言うことを
必死に吸収して生きてきた。
でも、心のどこかでは
そんな自分に
いつも限界を感じていて
ただ、それがなんであるのか
分からなかった。
この本を読んで初めて
自分の、今まで必死に
押さえ込んでいた
本心を知った。
ただ、
自分を取り巻く状況に
思いを馳せたとき
『それは、もう、無理だろう』
と思った。
この本を読みながら
主人公の成長していく姿が
ただただ眩しく
羨ましかった。
多分、私の人生の中で
欠かすことのできない
一冊。
そして、二つ目は
もう少しライトなもの。
初めて子育てをしていた頃に
出会った本。
朱野帰子さんの
『対岸の家事』
図書館に置いてあって
たまたま手に取った本。
この本も、もう
随分と前に読んだもので
だから、肝心の内容も
もはや、おぼろげなのだけれど。
たしか、読みやすく
内容は面白かったのだと思う。
そして、多分
子育てをしていなかったら
『なるほど、こういうこともあるのね』と
また一つ、新たな世界を
知ることができた
くらいの軽い気持ちで
終わっていたのだと思う。
けれど、その当時
私は小説に出てくる
登場人物達と同じように
子育てをしていて
その大変さを
ひしひしと感じていた。
そして、なによりも
子育ての中での『孤独』
というものに
苛まなされていた。
一週間のうち
まともに人と
交わした会話は
スーパーへ買い物に行ったとき
会計後の店員さんに
「ありがとうございました」
とお礼を言い
「ありがとうございました」
と返されたというものだけ
とか。
道端ではちらほらと
ベビーカーを押している
お母さんや
手を引かれる
小さな子供を
見かけるのに
公園へ行っても
誰ひとりいなくて
一体、みんな
どこへいってしまったのだろう、と
途方にくれながら
子供と二人
砂場にぽつんと
座っていたり。
話し掛けられて
嬉しくて
満面の笑みで
顔を上げたら
保険の勧誘の人だったり、とか。
まさか、こんなふうになるとは
思っていなくて
人との関わりに
飢えていて
その中でこの本に
出会って。
読物としての
エンターテイメント性は
あるものの
自分の気持ちを
代弁してくれている気がして
読了後、即、主人に
「これを読んで欲しい」
と手渡した。
多分、
私が言葉で伝えるよりも
ちゃんと伝わる気がしたから。
そして、主人は
この本を読んだ後
「貴方の気持ちが、少し分かった気がする」
と言った。
ただ、本当に
その意味を
分かってくれたと
思ったのは
ずっと、ずっと
先のこと・・・。
他にも
素敵な本は
沢山あったと思う。
ただ、とりわけ
『強く』となると
私の場合は
まさに、読むべき時に
出会えた本なのかもしれない。
そして、これは余談。
最近、また
ほんの時々だけれど
本屋さんへ行くようになった。
その目的は専ら
子供のための本で
もちろん、
子供も一緒だから
自分の本を選ぶ時間など
全く皆無。
ただ、嬉しいことに
子供も本の好きな子に
育ってきていて
なので、もう少ししたら
みんなで本屋さんへ行って
各々、好きな本を手に取る
みたいなことが
できるんじゃないかな~
なんていうのを
勝手に期待している。
最後までお付き合いいただき
ありがとうございました。